誰かあの本を知らないか

読むことについて書かれた作文ブログ。

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文学

戸田欽堂『情海波瀾』はじまりの政治小説

あらすじ 成島柳北 福沢諭吉 佐倉宗五郎 長沼事件 明治14年の政変 『情海波瀾』は戸田欽堂の政治小説。 タイトルに「はじまり」とつけたのは明治文学の研究者柳田泉がそう言っているからで、筆者に定見があるわけではない。へりくつを言えば、一番とか嚆矢と…

村上春樹『タクシーに乗った男』移動の時代

久しぶりなので短いものを書く。 以前に村上春樹『タクシーに乗った男』をめぐって「共感とプラハの春」と題して書いた。書くには書いたが、タイトルにもある「タクシー」について回収していなかった。 dokusyonohito.hatenablog.com dokusyonohito.hatenabl…

井伏鱒二『ジョン万次郎漂流記』海上の道

井伏鱒二『ジョン万次郎漂流記』をめぐって

ディドロ、ダランベール『百科全書』明六社の解散

前回の最後に、福沢諭吉の「苦渋」と書いた。 ジャーナリストで思想家で教育者で、さまざまな肩書をもつ福沢だが、本業は学校経営者である。 念頭に、緒方洪庵とその適塾があったことは『福翁自伝』からもうかがいしれる。幕末、官軍東征の際ですら、一日も…

司馬遼太郎『歳月』小説みたいな感想

言わずと知れた江藤新平伝である。 いぜん筆者は、司馬遼太郎は時代小説家ではあるが歴史小説家ではないと書いた。 いまさら改める気はないものの、『歳月』は歴史小説に読める。 剣劇のたぐいが入ってしまうのは時代小説のお約束だから、言うだけ野暮だ。 …

H・G・ウェルズ『世界文化小史』世界最終戦争の顛末

〈大戦争〉 日本にとって世界大戦といえば、第二次世界大戦がまず頭に思い浮かぶが、世界史つまり西欧史では第一次世界大戦のことを言う。 英語でも、いまだに定冠詞をつけて“The Great War”〈大戦争〉と言う。 本書『世界文化小史』は、1920年に刊行された…

福沢諭吉『学問のすゝめ』第三編 パクス・ブリタニカの時代

ヴィクトリア女王の時代 一身独立して一国独立すること 第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず 第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。 第三条 独立の気力なき者は人に依頼し…

福沢諭吉『学問のすゝめ』維新と腐敗

明治初年は文芸文学の空白地帯とされる。 それを埋めてあまりあったのが福沢諭吉『学問のすゝめ』や中村正直『西国立志伝』、他、明六社同人の啓蒙活動である。 その「実学」への偏重は、文学はともかく明治以降の「学問」のありかたを決めた。それについて…

坪内逍遥『河竹黙阿弥伝 序』歌舞伎の歴史

坪内逍遥が「新旧過渡期の回想」*1と題して、明治初年から10年あたりまでの文学の動向を、懐古的に記している。 『小説神髄』を著して、ちょっと外に類例のない実践編を含む概括的な理論書をものした逍遥だから、目配りがきいていて、全体像をつかむことに優…

仮名垣魯文『高橋阿伝夜刃譚』新聞連載のさきがけ

〈三条の教憲〉と教部省 啓蒙の時代と戯作 新聞と〈つづき物〉 高橋お伝の略歴 前回、『鳥追阿松』について書いた。これはもう、誰も読むひとがないだろうと思ったら、案外そうでもない。どこの誰が読んでいるんだろうと思えば興味は尽きないが、話も尽きな…

久保田彦作『鳥追阿松海上新話』毒婦の明治維新

解題 あらすじ 毒婦物 解放令 毒婦の明治維新 解題 解題*1を始めに。 タイトルは『とりおいおまつかいじょうしんわ』と読む。 作は久保田彦作。掲載は仮名垣魯文の『假名読新聞』に明治10年12月10日から〈つづき物〉として連載された。今では珍しくない連載…

栗本鋤雲『曉窻追錄』ナポレオンコード②

承前。今回は、司馬遼太郎の『歳月』を思い出していただけると少しは分かりやすい。前回は大河ドラマ「青天を衝け」だと言った。ドラマでも小説でもないのが歴史というものだ。騙すつもりは毛頭ない。ただ蕭然としているだけだ。 dokusyonohito.hatenablog.c…

栗本鋤雲『曉窻追錄』ナポレオンコード

大河ドラマ「青天を衝け」に出てくるらしい。栗本鋤雲である。 もちろん、と言っては何だが、観ていない。観ていないが、見聞は読者のほうが広いだろうから少し安心して書く。 先だって栗本鋤雲の『鉛筆紀聞』を読んだ。ついでに『曉窻追錄』*1を読んでいた…

大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた』遅れたファン・レター

たとえば、芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫と並べてみる。 近代文学史は言ってみれば、「私」をめぐる冒険、である。 その昔、柄谷行人が「他者」と呼んだものを、筆者の知能で正確に理解することは難しいが、「私」から外へ出ていった先で出会うもの、なら…

太宰治『燈籠』女が独りで語ること

前回、うっかり太宰治と書いた。書いた手前そのままにもできないから、今回は太宰治。 dokusyonohito.hatenablog.com 今回取り上げた『燈籠』は、角川文庫の『女生徒』に入ってる。この一冊は、編集方針がはっきりしていて面白い。タイトルの『女生徒』含め…

仮名垣魯文『安愚楽鍋』娼妓の語りから太宰治へ

明治初年の文学が、と書き出した時点で、だいぶ読むひとを遠ざけている。インターネットの特徴だが、好きなものだけ集まる仕組みなので、興味ないことは日々に疎い。村上春樹と書いたらずいぶん読まれるが、成島柳北と書いたらその数はぐっと減る。しかし、…

堀辰雄『風立ちぬ』構造の向こうへ

感想、序言に代えて 『風立ちぬ』年譜 物語構造論 堀辰雄と村上春樹 『風立ちぬ』 感想、序言に代えて 読み終えて、思ったのは江藤淳のことである。江藤淳といって若い方にどれくらい通じるのか不安になるけれども、思い出したのは『昭和の文人』にある堀辰…

金子光晴『人間の悲劇』SF小説から

SF小説が苦手である。嫌いではなく苦手。科学的な脳みそをどうやら備えていないらしい。筆者みずから、おのれの頭の悪さに呆れる、そんな作文である。 そんな中でも、再読はおろか幾たびも読み返しているのが、ダン・シモンズの『ハイペリオン』である。『ハ…

服部撫松『東京新繁昌記』明治初年のベスト・セラー

明治初年のベストセラー 漢文のような漢文 『東京新繁盛記』もくじ 服部撫松略歴 売れた文体 「学校」からはじまる開化 明治初年のベストセラー 明治のはじめころ、福沢諭吉『西国事情』『世界国盡(くにづくし)』は、いわゆる洛陽の紙価を高からしめたという…

誰かこの本を知らないか【5冊紹介】時代小説ほか

文学史をたどり直そうという、まあまあだいぶ無謀な試みをしているので、かならずしもそれに含まれない本も多い。 それで思い出したように消化しきれない本を紹介する。筆者の備忘録とも言う。 今回は時代小説、ほか。 司馬遼太郎『国盗り物語』 宮城谷昌光…

栗本鋤雲『鉛筆紀聞』島崎藤村の作文の先生

タイトルに漢字がおおすぎる。しかし今回、作文も漢字がおおめだ。申し訳ない。 栗本鋤雲『鉛筆紀聞』。くりもと・じょうん。えんぴつ・きぶん。と訓む。前回の作文で「栗本鋤雲」と引用して言い忘れた。藤村の、作文の先生である。 dokusyonohito.hatenablo…

ヴェルヌ『八十日間世界一周』時間の旅行

一気呵成に読むがいい。そんな小説である。科学小説の祖で、児童文学の傑作。世界じゅうでどれほどの人がそれぞれの言語で読んだか知れない古典的名作。いっぽうで、フランス植民地主義・帝国主義の思想が反映していて、資本主義経済観念の、権化、のように…

中野重治『村の家』転向をめぐって

〈転向の定義〉鶴見俊輔 『村の家』成立の時代情勢① 『村の家』の内容 知識人と日本の民衆 社会主義運動からの獄中転向 父孫蔵との相克 知識人と日本の民衆 社会主義運動からの獄中転向 父孫蔵との相克 『村の家』成立の時代情勢② 「罠」とは何か 父子にとっ…

石原慎太郎『太陽の季節』読まれること

石原慎太郎『太陽の季節』新潮文庫(昭和32年8月5日発行) 石原慎太郎が亡くなったという。 筆者が今の世に生きている証明というわけでもないが、少し書く。 『太陽の季節』を読み直してみた。かつて読んだときに記憶していた、鮮やかさ、はちょっと見当たらな…

中島敦『李陵』転向をめぐって①

中島敦『李陵』について。転向文学の一つとして読む。

樋口一葉『たけくらべ』音の読書、意味の読書

略歴 音の読書、意味の読書 ずっと気にしていて未だわからないのが一葉である。 略歴 樋口奈津一葉は明治5年3月15日東京府に生まる。*1 奈津、夏子、なつ、とも言うが、本名は奈津らしい。歌人としての雅号を夏子。新聞投稿には浅香のぬま子。春日野しか子。…

中上健次『中上健次発言集成』神さまの名前

中上健次『中上健次発言集成』他 全5巻 第三文明社 著名な芸術家が、まだ神さまだった時代の発言集、対談集である。 日本と日本語の発生このかた、ずっと通底していたけれど、誰もそれに言葉を与えなかったため、存在しないとされてきたそれに言葉を与えた…

森鷗外『阿部一族・舞姫』疲れる「内面」

森鷗外『阿部一族・舞姫』新潮文庫(昭和43年4月20日発行) 「内面」は疲れる。 これを抱えて社会を右往し、あるいは左往する。夜には胸に抱えて眠りにつき、心理学の説くところによれば夢にさえ出るらしい。潔癖なものあり、醜悪なものあり、勝手に感動をもた…

中島敦『山月記』誠実な自己批判

中島敦『李陵・山月記』新潮文庫(昭和44年9月20日発行) 言語は、といってややこしいなら、言葉は。言葉は、ひとびとの想念のなかに棲む。筆者は、中島敦『山月記』について書こうとしている。高校生の教科書や副読本にも出ているから、よく読まれた小説のう…

田山花袋『蒲団』うつろな内面

田山花袋『蒲団』岩波文庫(1930年7月15日第一刷発行) 田山花袋『蒲団』の感想。今さらか。今さらである。 主人公はみずからの内面を語るにたとえてツルゲーネフを引き合いに出す。なんのことであろう。ハウプトマンの『寂しき人々』だと言う。独白にしては…