誰かあの本を知らないか

読むことについて書かれた作文ブログ。

MENU

竹田いさみ『世界史をつくった海賊』帝国の曙

f:id:dokusyonohito:20220110152918j:plain

竹田いさみ『世界史をつくった海賊』ちくま新書(2011.2.10第一刷発行)

題目に「海賊」と書いてみて、なんだか面映ゆい。有名な漫画がちらついて、いたたまれない。気にしすぎか。

 

さて、本書の枠組みは、ウォーラーステイン世界システム論を念頭に置くとわかりやすいようだ。もちろん、置かなくてもいい。

筆者も実はよくわからないで言っている。

ただ、世界システム論という、つぶさに見てゆこうとすると、にわかにその論の唱える巨視性という光芒を失う理論が、読み物としてはなかなか面白い理屈だということがわかる。面白ければいいじゃないか。高等講談だ。

筆者は歴史学のことはわからないから、世界システム論が、アナール学派とどう違うのかすらわからない。フェルナン・ブローデルに『地中海』という大著があることは知っていても読んだことはない、しがない読者である。

 

「海賊」には「冒険者」「冒険商人」「英雄」さまざまな異名があると本書は説く。古くはヴァイキング、アジアなら倭寇がそうであったように、既存の国家体制から「賊」であると認定された集団は枚挙にいとまない。そうしたなかで、既存の権力体制がそのスポンサーになって謂わば国家事業として計画的に犯罪行為へと邁進したのは当時のイングランドくらいなものだろう。もちろん、犯罪行為に「ふつうの戦争」を含めないとすれば、だが。

本書の中心はチューダー朝最期となるエリザベス1世の15世紀。

大航海時代とは、こんにちから見れば、イタリア半島の商人たちが知らず仕掛けた爆弾が爆発した時代ともいえる。起爆剤は「人間の欲」である。単なる物欲権力欲もあれば素朴な好奇心から知的なそれまでをも含む。しばしばそれらは人類の発展、王国の栄耀、個人の名誉という、人が言わずにはいられない建前を冠している。

こんにちの社会問題を生み出す濫觴がそこにある。

もちろん、15世紀の人類は、そんなことは知らないし、知ったことではないにしても、これら人類の営為は、しばしば識者をいらだたせ、真面目な人間を義憤に駆らせる。しかし、この「欲」の皮のつっぱった者どもは、どこからどう見ても私たちの先祖である。宗教が戒めた「欲」を建前という美名で飾り、狡猾でありながら間が抜けていて、計画的に無計画な私たち。合理的に足元を掘り崩すなんて茶飯のことだ。

 

本書の前半は、アルマダの海戦をめぐって書かれ、後半は香辛料、コーヒー、紅茶、砂糖、そして奴隷という、貿易「品目」ごとに述べられている。高校生の教科書を覚えている人なら、そらで時間軸がたどれるだろうから、読んでいて迷子になることもないだろう。

読了してみれば、イングランドがこの時代から積み上げはじめた資産を、20世紀まで増やしに増やし栄耀を誇り、やがてふたつの世界大戦であらかた失うにいたるまで、実は話は繋がっている。長い長い繁栄と没落。

なお、ふたつ目の大戦をやっと終えたあと、同じエリザベスの名を持つ女王が即位している。これが、どういう歴史の奇縁なのか、筆者は知らない。