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大杉栄『日本脱出記』「僕」の発生

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大杉栄『日本脱出記』土曜社(2011.3.25初版第一刷発行)

筆者は本を読んでもわからないことが多い。菲才を恥じていると言えば健気にも聞こえるが、ようは無学なのである。それでも無学ながら考えて、それはひとつには、近代日本語じたいのもんだいなのではないかと見当をつけて、こんな作文を書いている。

たとえばこの作文どもの一人称は「筆者」である。つまり「私」や「僕」「俺」とかではない。これら一人称によって決められる文体と形式あるいは内容に関して、逡巡がある。なかば暫定的な処置ではある。

 

近代日本語の人称名詞が主語として果たす役割は、述語他の責任主体として機能するとされる。しかし、観察してみると、近代以前の日本語からの連続として、「敬語」としての機能がひじょうに大きく強い。

社会階層のなかで、書き手や話し手がどこに位置し、読み手や聞き手とどのような関係をとりむすぶか。これらの一人称名詞、代名詞が占めるそれぞれの社会的位置によって、形式と内容は強い拘束を受けている。

ちょっとややこしくなって恐縮なのだが、時枝誠記は『国語学原論』において、日本語を定義して、はじめに「リズム」ありきと説いた。これに倣えば、人称名詞らによって発語が起こされた文は、人称名詞それぞれに決められた形式と内容を、その「リズム」にのっとって進む、ということになる。

たとえば「俺」が自由奔放なおしゃべりをする一方で、「俺」が政治的な発言をすると、聞き手は違和感を覚えるだろう。なぜなら、原則的に近代日本語では「俺」という人称代名詞にはそうした「リズム」が許容されていないからである。プロレタリア文学の一部には、この不規則な「俺」を使った作品もある。原則的な前提をうまく崩して、表現として成立させた一例である。

コミュニケーションの齟齬と呼ばれる現象も同断である。それは、場に参与した者たちの「言語能力の優劣」によって引き起こされるのではない。場において、「内容」をさしおいて、人称名詞が、社会的位置の占有を強く指向するゆえに発生するとみたほうがよい。身分の階梯を決めることこそが発語の目的だから、「内容」をやりとりするのに、一般的な近代日本語はじつはあまり向いていないのではないか。

さらに付け加えておくと、その身分制を無自覚に維持構成しているのもまた大きな特徴であろう。

 

今日とりあげた大杉栄『日本脱出記』は、自己一人称代名詞を「僕」と書いたもののなかでは、古い部類である。底本は1923年10月25日初版発行。

もっと古い例もあるが、謙遜をあらわす人称ではない、例えば大江健三郎から村上春樹にまでつながる「僕」の系譜のなかでは、そのご先祖みたいな一人称名詞だと、「筆者」は、考えている。

この「僕」は、社会規範から自由であり、自由であるべきだと主張する。フランス革命以降、啓蒙主義に影響された主体的な自我という、リベラルでモダンな「僕」である。とうぜん、伝統や、アンシャン・レジームと目される古い共同体に対して批判的である。演繹されると近代国家を認めなくなる。ついでに、女性にもてる。「自由恋愛」の信奉者だ。

ちなみに大杉栄の「自由恋愛」は、禽獣のごとき「自由」なので興味のある方は調べてみてください。筆者は書きたくない。

本書における大杉栄の「僕」は軽妙である。1922年12月11日、官憲の目をかいくぐって日本を逃れ、上海に向かい、フランスはマルセイユ、リヨンを経てパリに至る道行きは、あたかも冒険活劇の筆致である。国際アナキスト大会への参加を意図しながら、サン・ドニの労働会館でのメーデーで逮捕され身元が発覚し、強制退去。帰国は1923年7月11日。

流れのいい軽妙さには、彼自身の吃音も影響しているとは思うが、「僕」によって発動される文体は、非合法活動や違法入国、異国での収監などに現れるであろう悲惨さから「内容」を救っている。ほんとうはどうであったかは分からないのだが、そのように読める。

もともと「僕」は自己謙遜敬語である。その「僕」は、本書において、近代国家体制の成員としての責任主体であることを拒否し、人倫の果てで共同体からも放逐されるしかない主体を、別個の、文体のなかにしかない幻想の共同体の住人である「僕」として再構成している。現実のなかで死すべき主体が、文体のなかで「僕」として生き続けるのである。先に、「そのように読める」と書いたが、正確にいえば、そのように「読まれる」新たな「リズム」、新たな期待の地平が拓かれたのである。

この新たな地平は、現実の敗北によってのみ拓かれた。

間のびした共同体成員の「私」や、世間の磊落をきどる「俺」にはけして開拓できなかった「僕」である。

しかし、現実の敗北を受け入れたことで成立しているのではない。そこからの無限の逃避に依拠しているのではないか。本書においても、この敗北の現実的な分析は出てこない。どれほどの敗北を記しながらも、「僕」という主体はけして敗北しないのである。

人称名詞が社会階層のなかでの占有を目的とするとは最初に書いた。これに照らしあわせてみると、「僕」の創出は「僕」という新たな幻想の階層をも作り出したと筆者は考えている。もちろん、大杉栄だけの独創ではない。現実には敗北に敗北を重ねた、無数の「僕」たちが拓いたものだ。

大杉は帰国の1923年9月1日関東大震災に罹災する。16日に東京憲兵隊本部に連行され、虐殺された。世に言う、甘粕事件。

大杉栄は、近代日本語のささやかな資産であると同時に大きな負債でもあるなにものかを残し、ふいに、この世を去ったのである。