SF小説が苦手である。嫌いではなく苦手。科学的な脳みそをどうやら備えていないらしい。筆者みずから、おのれの頭の悪さに呆れる、そんな作文である。
そんな中でも、再読はおろか幾たびも読み返しているのが、ダン・シモンズの『ハイペリオン』である。
『ハイペリオン』『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』『ハイペリオンの没落』と、SF小説の世界ではふつうなのかもしれないが、よくまあ書いたと感心するほど長いながい小説である。
なかでも好んでいるのは初めの一冊になる『ハイペリオン』。某アニメに出てくるらししいが、その効果と意味はわかりかねる。
それはまあさておき、この作中登場するサイリーナスという煮ても焼いても食えない長命の詩人が、筆者、好きなのだ。マーティン・サイリーナス。
作中人物を誰かに比定するなんて、くだらない読み方かもしれない。作中人物に好感をもつなんて陋劣な読み方かもしれない。しかし、筆者は勝手に金子光晴だと思って読んで面白がっている。
めったに詩を読まない筆者だが、鮎川信夫と金子光晴だけは折々読む。あと安東次男。読んだってわかりやしないのだが、もともと理詰めでわかるものでもないから、勝手に読む。声に出して読む。
耽美的な爛熟した詩から書き始め、つぎつぎと爬虫類が冬眠したり脱皮したりするように営々と詩業をつづけた金子光晴。人を食った諧謔を弄するかと思えば、同じひとに湿った重い重い土くれを呑ますようなことを歌う。日本と日本人が大嫌いな日本人で、解剖医のような執念でもって、情欲の心底を見極めるような女好き。マスコミへのサービスも怠らずマスコミをけむに巻き、詩壇からは扱いかねる面倒なじじいとしてあり、若くは詩はおろか人生まで叩き込んで恋愛と情欲と人間の浅ましさにあえいだ。
知らない読者のためにひとことで言うと、一万年くらい生きた詩人です。
いっぽうでフランス象徴派の詩ばかりでなく、西欧の詩学をみずから修めた詩人でもある。詩の理論。構成。構造。韻律。形式。その他。
また余人に秀でた紀行文も残している。長命で多産なのだ。それは詩情などという生ぬるいものではなく、外界を切り裂く刃物であり、風景の根っこにある人間を覗きこむ顕微鏡であり望遠鏡で、つぶさに見られた散文である。生半可な散文詩を蹴散らすような書きぶりである。
つぎつぎと歌い、書くことで自らを破産させ、また蘇生することを重ねながら、ぜんぜん悟達しないという不思議でもの凄まじい生き方をした。
そういう意味では、詩人でもなく芸術家でもなく、人間でしかなかった人間でもある。人間が人間でしかないなんてことが可能なのか、筆者にはわかりかねるが、そうとでも言っておくしかない。
すこし前に、類書を何冊か読んだが、いずれもこの煮ても焼いても食えない人間に巻き込まれた著者たちには、ちょっと同情した。
以下、書籍の紹介。
全集は措く。中央公論社から出ている。全15巻。なんという書体なのか、俳味のある身の痩せた書体で『金子光晴全集』。箱に黄金虫があしらってある。
参考書。
なお、金子光晴に近かった新谷行の『金子光晴論』は手に入らない模様。(20222.6現在)